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2011年09月24日

変遷する京都のマクド

マクドナルドの日本における1号店は、1971年7月20日に三越銀座店1階にオープンした。
ハンバーガーは一個80円。
重要なのは、第一に、座席がなく立ち食い歩き食いを前提とした店だったこと。
第二に、「アメリカン」のイメージを前面に出したこと。
『朝日新聞』を見ると、「青い目のホステスを使」い「本場の味」を強調して宣伝している。
当時盛り上がっていた学生運動はこれをアメリカ帝国主義の先兵とは見なかったのか。

で、今年は、マクドナルド日本上陸40周年だったわけだ。

関西1号店は、1972年に出来ている。
京都の四条通、藤井大丸の1階。
写真を見るとここも座席がなかったように見える。
とすれば、来年マクドナルド関西進出40周年となる。


(オリジナルを加工。©不明)

新京極にも一軒かつてあったように思うが、記憶違いだろうか?

最近と思うが京都で2件閉店している。(2010年か?)
関西1号店が移転した、「四条寺町店」。
これまた長い歴史をもっていたと思う、「三条河原町店」。
http://portal.nifty.com/cs/mitaiwa/detail/101002135636/1.htm(「いしだ さん」による))

その前に同志社付近の店が無くなっている。

烏丸今出川南西角にあった店。モスに負けたのかも。

河原町今出川南西角の店。こちらはまだあった。
あまり利用していないから、愚かな頭からは消滅していたが…。


マクドナルドが京都のどこにあったか、ということも、
70年以降の京都を知る上では重要なことだ、と愚かにも思ったりするが…。

マック=マクドの閉店は、かなり意味深い文化・社会現象であるようだ。

「変遷する京都のマクド」はあまりネットも調べずに書いたけど、
ネットをよく見てみると、特に2010年に行われた大量閉店は、
いろいろ波紋を広げたみたい。

すご~く、広く深い、考える領域があった。
2011年9月26日記


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