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2011年07月19日

原田芳雄とその映画

原田芳雄が死んだ。
ネットで調べたところ、かなり病んでいたらしい。
それにしても腸閉塞と肺炎というのはどういうことなのか。
少し不思議である。

彼が出演したもので観たことがあるものを調べつつ思い返してみた。

「八月の濡れた砂」1971年、藤田敏八監督である。

最高傑作と思われるのは、「竜馬暗殺」1974年、黒木和雄監督である。
中岡慎太郎を石橋蓮司が、右太を松田優作が、妙を桃井かおりが演じた。

寺山修司監督の「田園に死す」1974年、にも出演していた。
八千草薫や三上寛が出ている。春川ますみの空気女が印象的。

黒木和雄監督の「祭りの準備」1975年、にも。
竹下景子のほぼデビュー作だったと思う。

「悲愁物語」1977年、鈴木清順監督。
たしか最後がのシーンだったのでは…。

「原子力戦争 Lost Love」1978年、黒木和雄監督。
低予算映画だったのだろう、マイクが見えているシーンがあったが、そのまま使っていた。
原作は、田原総一朗である。ロケ地はフクシマ

「オレンジロード急行」1978年、大森一樹監督。
嵐寛寿郎と岡田嘉子が出演している。
大森にとっては、「暗くなるまで待てない!」 の次の作。
プガジャ」82号(1978年4月号)では、「「オレンジロード急行」関西ロケ」が特集されていた。
そこには大森と打ち合わせる原田の写真も掲載されている。

「ツィゴイネルワイゼン」1980年、鈴木清順監督。
その幻想性が心地よかった。

「ヒポクラテスたち」1980年、大森一樹監督。
これはホントに京都映画である。
もう一度観たい。

「生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言」1985年、森崎東監督。
横山幸子も出演。
これはどこでみたのだろうか?

原田芳雄の息子で喪主が、原田喧太。

ミュージシャンであり俳優でもあるという。

彼のコメントの中に、
原田芳雄が、3年前に大腸がんの手術をし、抗がん剤治療を続けてきた、
とあった、がこれで病状など納得。

ガンに倒れたのだ、彼は。

(2011年7月20日)


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この記事へのコメント
はじめまして。偶然発見したのですが、まさに同時代を生きて来た方の文を興味深く読ませていただきました。

プガジャ、本当になつかしいです。毎号買ってたはずなんですが、就職か結婚したころ処分したようで一冊も残っていません。
ただ、幸いと言うべきか、ブログでもお書きの「青春街図」の大阪、京都、神戸編の三冊だけ捨てずに所有しております。この三冊だけでも、何とか当時の香りがよみがえります。

今から思うと、ゆるゆるの大甘な学生時代でしたが、プガジャ的な時代の空気の中に漂っていました。

ありがとうございました。
Posted by イノマティー at 2011年08月13日 01:15
イノマティーさん、コメントありがとうございます。
また、拙文、愚文をお読みいただいたようで、うれしい限りです。

『青春街図』を三シリーズ持っておられるそうですね。
これは、かなりこの『街図』にはまっていたのでは、と推察します。
便利でもあったけど、本当にガイドでもあった、と今になると思いますね。
紹介されていた「場」は大方消えたようなのが、時代の流れとしては当然ですが、残念でなくもありません。

今後もよろしくお願いします。
Posted by 愚華愚華 at 2011年08月13日 17:18
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